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最高裁判所第二小法廷 昭和60年(あ)448号 決定 1988年3月03日

本籍

東京都保谷市中町六丁目一八九四番地

住居

宮城県桃生郡矢本町大曲字堺堀一二五の一

会社役員

貫井一雄

大正一五年三月一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六〇年二月二七日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人樋口和博、同横山唯志、同佐藤英二の上告趣意は、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 奥野久之 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一)

○上告趣意書

昭和六〇年(あ)第四四八号

被告人 貫井一雄

右の者に対する所得税法違反被告事件について、左のとおり上告趣意書を提出する。

昭和六〇年七月三〇日

右弁護人 樋口和博

同 横山唯志

同 佐藤英二

最高裁判所第二小法廷 御中

第一 原判決は、左の重大なる事実誤認があり、これは判決に影響を及ぼすことが明らかで、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。

一、横田忠次からの収入及び貸倒れの認定について

第一点 原判決は、昭和四六年・同四七年中に横田より被告人に対して利息・損害金の支払として、昭和四六年一月一八日の金五五〇万円、同月二〇日の金一〇〇万円、同月三一日の金五五〇万円、同年二月二六日の金五〇〇万円、同年四月一九日の金六五五万円、同月二六日の金七〇〇万円、同年五月一八日の金六五五万円、同年七月二一日の金二〇〇万円、同月二九日の金九〇〇万円、同年八月二一日の利息分としての金一、〇〇〇万円、同年九月一八日及び一〇月五日の各九〇〇万円の内容八〇〇万円の部分、翌四七年一月二五日の金一、〇〇〇万円及び同年二月末頃の共立土地買受代金関係の金二五〇万円、以上合計金八、六六〇万円の各支払があったものと認定している。

しかし、右利息・損害金支払認定のうち、

昭和四六年一月三一日支払分のうち金五〇万円

同年四月一九日の金六五五万円

同年七月三一日(原判決では二九日)の金九〇〇万円は各支払がなされているが、その他の金七、〇五五万円の支払はないので、これがあるものと認定した原判決には重大な事実誤認がある。

<1> 横田忠次に資金源及び金銭の出入の事実が存在しないこと。

(イ) 原判決は、横田が昭和四六年中に利息・損害金として金七、四一〇万円、元金返済として金二、二〇〇万円、昭和四七年中には一・二月で金一、二五〇万円の利息を支払ったとしているが、この合計は金一億八六〇万円である。個人で一四ケ月の間に一億八六〇万円もの大金を支払うことは、特別な事情のないかぎりは不可能である。

横田は、右利息・元金等の支払の財源について一審の公判廷で、新座市役所及び並木万次郎に土地を売却し、その代金を貫井に対する右元利金の支払に充当した旨を供述し、一審判決も右横田の供述を鵜呑みにして同様なことを認定した。

ところで、昭和四六年中に横田が並木に売却した土地代の入金は(並木万次郎の検察官に対する供述調書参照)僅か四、二〇〇万円にすぎない。

又、新座市役所からの土地代の入金は九、六九一万円であるが、これは小切手で入金された後、横田より他の支払のために使用されていて被告人の所への支払に充当された分はないから横田には昭和四六年中に一億円を金策できた財源はないのである。

(ロ) 原判決は、横田の元利金支払は、「あちこちから金策したり、自己の営業上取扱う不動産売却代金から支出していた」旨を認定し、一審の事実認定と変化して来た。

しかし、横田の不動産営業は、横田の一審第一二回公判調書で明らかなとおり、従業員は一人もなく横田一人が細々とやっていたもので、その純益は全くない状況であったもので、不動産売却代金が毎月入るような活発な営業活動ではない。

加えるに、営業用の不動産売却代金の入金で、現金で入金になるものは現在の不動産取引の実情では稀であって、殆どが小切手等による決済として行われるものである。

従って、不動産取引による横田の入金は小切手を銀行口座に入金しないと換金の方法はないから、金銭の動向を銀行口座によって確認できるようになっているのであるが、横田の各銀行口座をみても前記の被告人に対する元利金支払に相当する金銭の出入りがない。このことは不動産取引による入金で被告人に対する元利金支払に充当したものがないことを物語るもので、原審のこの点の事実認定は誤りである。

更に、横田があちこちから金策して被告人に対する支払に充当したと認定しているが、一審以来の横田の供述その他の証拠によるもあちこちから金策したとの証拠は全く存在しないし、更に、金策した先も全く明らかでない。

この点の原判決も事実誤認である。

(ハ) 横田は、埼玉銀行ひばりケ丘支店、第一勧業銀行ひばりケ丘支店、青梅信用金庫東久留米支店等と銀行取引があり、普通・当座の口座を開設し、これ等口座に相当な入金がされ、支払についてもこの口座を利用している。

しかし、被告人に対する前記元利金の支払についてのみは、右各銀行の口座から出金された形跡は全くない。

外に、横田の資金関係から現実に金銭の支出を首肯させるような証拠は全く存在しない。

被告人に対して、僅か一年二ケ月の短期間に一億円以上の金を支払ったとしては、この金の動向を表す証拠が全く存在しないことは不自然であり、到底、右の如き大金の支払があったと認めることはできない。

(ニ) 原判決は、一審判決と同様に、右の如く横田側よりの金銭の出金を把握することなく、横田の供述のみを鵜呑みにして、事実を誤認したものである。

<2> 原審判決は、昭和四六年一月三一日の金五五〇万円、同年二月二六日の金五〇〇万円について、一月三一日分は元金五、五〇〇万円の手形を取立にまわされて支払ができないための罰金として、二月二六日の金五〇〇万円はかねてより利息分として振出されていた小切手で支払った旨を認定している。

(イ) 右一・二月の支払は、HB〇六七〇二八の額面五〇〇万円及び一月三一日決済された五〇万円の小切手に相当するものである。

(ロ) ところで、HB〇六七〇二八の額面五〇〇万円の小切手は昭和四五年中に被告人に振出されていたものであることは、甲一の七七証明書でHB〇六七〇二九の小切手が昭和四六年一月五日青梅信用金庫東久留米支店で決済されていることで明らかである。

従って、これは昭和四五年中の利息の支払のために横田から被告人に振出されていたもので昭和四五年に課税された利息収入である。

昭和四六年一月三一日に金五、五〇〇万円の元金相当の約束手形を取立にまわされて、この決済ができないための罰金として金五五〇万円を払ったとすれば、この支払が発生したのは、同日頃のことでなくてはならない。この支払のために一ケ月以上前から金五〇〇万円の小切手を横田が被告人に振出してあったと云うことは論理の矛盾があり原判決は明らかに事実誤認である。

(ハ) 昭和四六年二月二六日の金五〇〇万円の支払について、一審判決は、突然に六、五〇〇万円の小切手が取立にまわされ、この買戻しのためにやむを得ず払ったものと認定し、原審では、これがかねてからの利息支払分として振出していたものを決済したと認定が変化している。

一審判決の認定は、一月三一日の金五五〇万円の支払と同様な矛盾があるため、二審の原審ではこれを避けるために認定が変ったものと思われる。

ところで、原審の認定によれば一月分の利息も全部支払い、二月分の金利も手形書換によって元金に加算して支払が完了したことになっているので、横田は被告人に対して昭和四六年二月に支払うべき金利はないことになる。しかるに、かねてから金利支払分として金五〇〇万円を予定していたと原判決が認定したことは不自然で、事実を誤認したものである。

(ニ) 横田から被告人に振出されていた額面金五〇〇万円、HB〇六七〇二八番の小切手は、横田に返還されているが、これは現実に支払があったから返還されたものではない。この小切手は、昭和四六年一月に元金五、五〇〇万円と同月一八日支払予定の同月分利息金五五〇万円、同月末日支払予定の五〇〇万円とを合せて、金六、五五〇万円の約束手形に書換えたことによって、不必要になったゝめに横田に返還されたものであるから、これを以って、同年一月三一日、同年二月二六日に金五〇〇万円を横田が被告人に支払ったと認定することはできない筈である。

<3> 原判決は、横田が昭和四六年五月六日に元金返済として金一、〇〇〇万円を支払ったとする一審の判決に対して、この支払がなかったものと認定して一審判決の事実認定を変更している。

この理由は、横田の記載していたノートに「支払済」の記載はあるものゝ、貸金残高減少の記載がないからとしているが、これに限っては同人のノート記載を正しく評価している。

ところで、横田ノート貸金残高の記載は、昭和四三年一月より昭和四六年六月迄記入されるようになっている。

右残高の記載方法は、当初の借入に対して、元金又は利息を支払った場合に残高は減少していき、利息支払のために借入より支払金額が超えるとマイナスと表示してマイナスの数字が増加して行く記載方法をとっている。これは、利息の過払を示すために記入しているものである。

昭和四四年三月から借入金額より元利金の支払金額が超過したゝためにマイナスの記入がはじまって、以後は、支払の都度マイナス数字が増加し、借入又は、利息を元金組入れた場合は借入と同様に各マイナス数字が減少するように記入されて来ている。

このノート記載によって、利息の支払及び、借入(利息の元金組入れも含む)の状況が判明するのである。

昭和四六年一月より同年四月二六日迄の差引残高欄の記入をみると、一月二〇日に金一、〇〇〇万円を借入れて利息金一〇〇万円を支払ったときのみ、残高は九〇〇万円増加しているのみで、その外のは利息・元金支払とされている個所は総て残高欄のマイナス数字が支払金額相当分の数字だけ減少しているのである。昭和四六年中の残高記載方法をことさらに前年度分と逆に記入するようになったものではない。

右記載方法をみても、昭和四六年一月三一日から同年四月二六日迄に横田が被告人に支払とされている各金員は、実際に支払をしたものではなく、元金組入れによって、手形又は小切手の額面上で支払ったようにしたにすぎないことが判明するのである。

原判決は、右ノートで実際支払がされていないことが明らかな利息・元金を実際に支払がなされたものとしたもので、事実誤認が明らかである。

以上、各指摘したとおり、原判決は横田の利息支払について、明らかに事実を誤認し、支払金額を過大に認定したもので、この事実誤認は判決に影響を及ぼすことは明らかで、原判決はこの点でも取消されるべきものである。

第二点 横田忠次に対する貸倒金の認定について

被告人が横田に対して、北海道の土地購入資金として貸付けた金員の返済として、同人が被告人に振出していた額面三、四一〇万円の小切手の内、元金相当部分の二、九〇〇万円を弁護人が貸倒金に当ると主張した。

これに対して、原判決は右金員は、被告人が横田との和解で右貸付金の債権を放棄したが、「横田からその代償として、前記横田が斎藤忠亮に売渡した土地の権利を改めて被告人に譲渡されていると認められ、門間との売買契約を解除するなどすれば右二、九〇〇万円を回収することは不可能でなかったと考えられる」として貸倒損失と認めることはできない旨を判示した。

しかし、右の原審判決は事実誤認である。

<1> 被告人が横田との和解で額面三、四一〇万円の小切手債権及びその原因関係の債権で貸金債権を放棄したことは判決で示すとおりである。この際和解契約書に横田が斎藤に売渡した土地が被告人の所有であると確認する条項が記入されている。

しかし、右土地は農地であって自由に売買のできない土地であるため、横田と被告人との和解で両者間で被告人の所有と確認しあっても被告人は右土地の所有権を取得できないことは当然である。

<2> 右土地は、登記簿上、地目が畑となっていて、元所有者西村ミネから有限会社門間商事に、同社から横田忠次・斎藤忠亮と移転登記がされ(弁第二八号一乃至五参照)、和解当時斎藤忠亮所有とされていた。斎藤・横田間の売買契約が解除されたか又は、この売買契約が架空のものであったとしても、地目が畑である上に、前記各所有権移転が全部無効であるために被告人は斎藤より所有権移転登記を受けることは法律上不可能である。

<3> 右各売買契約が無効であるとして、被告人が有限会社門間商事から売買代金の返還を求めるためには、被告人が門間商事に対して、右各土地の横田・斎藤の所有権取得の登記を抹消して原状回復するのと同時履行の関係にある。

しかし、被告人は、この抹消登記ができる立場にないし、斎藤・横田に対して、その所有権移転登記抹消を訴求するための訴訟適格もない。

その上、右土地は昭和四八年二月一六日、斎藤より宇田川時子に所有権移転請求権仮登記、同年三月二六日には有限会社第一物産のために抵当権設定仮登記が行われていて、被告人は右両名に対して各登記の抹消を求める適格もない。

この様なことから、被告には門間商事に対して、売買代金の返還を求めるための反対給付の履行が不可能なために、和解当時から門間商事から代金回収は不能であったし、昭和四八年に前記宇田川・有限会社第一物産の各登記がなされてからは、なお、一層に代金回収は不可能となったものである。

弁第二八号証一乃至五でも判るとおり、現在も右各土地は、斎藤忠亮所有のまゝ、これに所有権移転請求権仮登記、大蔵省や債権者から仮差押・抵当権設定登記がなされたまゝである。

以上の如く、被告人は、横田との和解契約で、北海道の土地が被告人の所有と確認されてもこの土地の所有権を取得することは当初から不可能であった。更に、被告人が門間商事から同社と横田との売買契約に基づいて支払われた代金の返還を求めることも和解当初からか、昭和四八年中に宇田川・有限会社第一物産に前記仮登記が行われた時からか、いずれかの時点で不可能になったものと謂わなければならない。

原判決は、被告人が門間商事から代金の返還を求めることが可能であることを前提に金二、九〇〇万円の貸倒れを認めなかったもので、事実を誤認したものである。

二、五菱興業株式会社からの利息収入について

第一点 原判決は、五菱興業が昭和四六年一一月四日に金三〇〇万円、昭和四七年三月一五日に金七〇〇万円、同年六月二五日に金七六万円の利息を被告人に支払った旨を樋笠岩雄作成の「一覧表」及び「明細書」と右樋笠の一審での供述で認定している。

しかし、右利息支払の認定は、事実誤認である。

<1> 昭和四六年一一月四日の金三〇〇万円は同月三日振出の三菱銀行上野支店宛の小切手で、翌四七年三月一五日の金七〇〇万円は同年二月一四日振出の太陽神戸銀行上野支店を支払場所とする約束手形で、同年六月二五日の金七六万円は京橋堂振出・支払場所協和銀行京橋支店・額面七七六万円の約束手形で、各々、銀行で決済する方法で支払ったとされている。

(イ) 昭和四六年一一月四日の三〇〇万円については、東邦信用金庫荻窪支店職員川和正夫の検察官に対する供述調書添付上申書によって明らかなとおり、被告人は同日右支店から三〇〇万円の小切手を取立にまわしているが、決済について不明と記載されていて、これが入金になった証拠はない。

(ロ) 昭和四七年三月一五日の七〇〇万円、同年六月二五日の七七六万円の約束手形については、被告人が決済銀行に取立にまわした形跡は全証拠を精査しても見当らない。

<2> 右三件の支払は、いずれも銀行決済によって支払われたとされているものであるから、この事実を銀行調査等によって、客観的な証拠で決済の事実を立証することは容易であるはずである。

本件の各立証をみても、銀行決済のものについては銀行の決済証明等で検察官は支払の事実を立証している。

しかるに、右三件の支払については、銀行の決済を証明する客観的な証拠、即ち銀行の支払証明又は、決済ずみの小切手・約束手形による立証は全くない。

この事実は、検察官・国税局の決済銀行調査によって右小切手・約束手形決済の事実が確認できなかったからに外ならない。

弁護人は、まさかこの程度の検察官に立証で、右三件の銀行決済を裁判所が認定することはあり得ないと思い、一審の審理中に銀行調査の属託申立をしなかったところ、予期に反して一審が右支払を認定したゝめ、その後、各支払銀行に弁護士会を通して決済の有無を照会したが、すでに記録の保存期間が経過しているため、回答が得られなかったのである。

原判決は銀行決済の事実を確認することなく、右三件の支払を認定したゝめ、事実を誤認したものである。

<3> 原審は、樋笠岩雄の一審供述及び同人作成の一覧表・明細書のみで、右三件の支払を認定している。

ところで、樋笠は五菱興業と被告人間の金銭の貸借及びその返済に関与した者でない。

右一覧表及び明細書は、樋笠が作成したものとされているが、その資料となった証票類は全く提出されていないのである。

原審はかゝる不確かな証人の供述及び一覧表及び明細書で事実を認定したものであるが、その結果事実を誤認したものである。

第二点 原判決は、昭和四八年五月一〇日頃支払された八、三〇〇万円のうち、金三〇〇万円は渡辺重明が同年四月二四日頃に被告人から借受けた金五、〇〇〇万円の利息であると認定している。

しかし、右事実認定は事実を誤認したものである。

<1> 右利息とされているものに関しては、昭和四八年四月二二日付で、被告人と渡辺との間で合意書が作成され、右合意書の記載で明らかなとおり、被告人は矢本新平より支払を受けた一億円から渡辺に対して金五、三〇〇万円を貸付けている。しかも、右五、三〇〇万円は現金で渡辺に渡されたことをも明記しているのである。

渡辺は、右借入金の返済のために、松島建築研究所振出の額面八、三〇〇万円の小切手を交付して、これが同年五月一〇日頃に決着されている。

右三〇〇万円は、このうちの五、三〇〇万円分の三〇〇万円である(その余の三、〇〇〇万円は別口の貸付元本の返済分)。

しかし、右合意書で明らかになっているとおり、被告人の渡辺に対する貸付金は五、三〇〇万円であって、同額の返済を受けたゞけで利息の受取りはない。

<2> 被告人は、一審の公判廷で「渡辺は五、〇〇〇万円借りて三〇〇万円は謝礼だと云っているがどうですか」との問に対して「いやそんなんじゃ渡辺は承知しませんと、こゝにちゃんと書いてある・・・」と述べて四月二二日付合意書を示している。

右合意書では、現実に五、三〇〇万円を交付して貸付けたと明記している。しかも、この合意書は弁護士渡辺正治氏の作成したもので虚偽のものではない。

<3> 被告人は、四月二二日前後、他の渡辺又は五菱興業に対する貸付金元本を放棄し、利息についても三、七〇〇万円について支払を猶予しているのである。この様な状況下で貸付けた五、三〇〇万円について、更にこの分の利息を受取ることは不自然である。

以上の理由で明らかなとおり、昭和四八年五月一〇日の金三〇〇万円の利息支払の認定は、事実の誤認である。

三、桜井治兵衛関係について

原判決は、弁護人が被告人の桜井に対する貸付金のうち金三、二二〇万円は貸倒損になると主張したことに対して、これを否定し、一審判決の事実認定が相当であると判示している。

その理由の要点は、桜井は、昭和四七年八・九月頃保谷土地・狭山土地の全不動産を株式会社丸増に売却したが、これは買戻特約付であったところ、丸増が右特約を否定したので、民事訴訟を提起し、丸増との和解で土地主要部分の買戻に成功していること、被告人が桜井に対する貸金債権保全のため保谷土地一部について抵当権を設定した経過があったこと等から、被告人の桜井に対する貸付金銭額対する利息のうち、昭和四七年三月一四日受取ったとされている二七〇万円について争った弁護人の主張を排斥し、一審判決のとおり、右利息の支払があったと認定している。しかし、右事実認定は誤りである。

<1> 山本安彦は昭和五二年一〇月二〇日の証言(一審記録七三九丁、七四〇丁)で、昭和四七年三月一三・一四日に上京したときに、資金繰が苦しくて何百万円のお金を持っていける状態でなかったこと、この上京の時に被告人に二七〇万円の利息の支払をしていないこと等を供述している。

<2> 右山本の供述は、昭和五二年一〇月二一日の門間賢司の証言(一審記録八二四丁、八二五丁)とも一致していることから充分に信用のできるものである。

<3> 原審判決は、右山本・門間の証言は、これに前後して行われた斎藤忠亮の供述に鑑み、被告人に慫慂されて被告人に有利に供述を歪めている疑があるとして、これを信用しなかったものである。

被告人には、原判決認定のとおり、斎藤に対して疑をもたれるような行為のあったことは事実であるが、山本・門間両名に対して同様に事実を歪曲した供述を依頼した税務上損金として認めるべきものである。

四、株式会社丸越関係について

原判決は、被告人が株式会社丸越に昭和四六年一二月二九日に金一、〇〇〇万円を貸付けた貸金債権が、昭和四七年中には丸越及び連帯保証人桜井治兵衛が無資力となっているので、貸倒れとなったとする主張に対して、一審判決同様に丸越・桜井共に無資力ではないとして右主張を排斥した。

株式会社丸越又は大野隆夫には一、〇〇〇万円もの大金を返済する資産も営業活動による利益もなかった。

桜井治兵衛も昭和四七年当時に、一億円以上の債権を丸越又は大野に対してもっていたが、その取立が不能となっていたことは同人の昭和五七年四月一四日の公判廷の供述(一審記録二〇九四丁、二一〇五丁、二一三三丁)で明らかである。

連帯保証人桜井自身も無資力であったことは前述のとおりである。

外に丸越、大野及び桜井に弁済資力のあった証拠のない本件において、被告人の前記貸倒の主張を認めなかったのは事実誤認である。

五、山本安彦関係について

第一点 原判決は、被告人が山本に貸付けた金三、〇〇〇万円には貸倒れにならないとしているようである。

しかし、右は事実誤認である。

<1> 桜井は、昭和四七年八・九月頃、全所有不動産を売却することによって所有する不動産はなくなっているとみるべきものである。

被告人は、一旦は、桜井所有不動産に抵当権を設定したが、これを抹消してしまったため、この担保権は消滅している。

以後は、被告人が桜井に対して金三、二二〇万円を強制執行によって取立てるための桜井の資産は存在しなくなった。

<2> 原判決は、桜井が丸増との和解によって土地の一部買戻に成功したように認定しているが、これは桜井本人が買戻したものでなく、丸増より桜井の弟である桜井重雄、親族の桜井新太郎名義に移転になったものである。

結局は、桜井治兵衛名義での買戻をしていないのである。

被告人が桜井治兵衛に対する貸付金債権を持っていても、この債権に基づいては、前記桜井重雄、同新太郎名義になった不動産について強制執行をすることができないことは明らかである。

<3> 被告人が桜井に対して、債権を持っていても、強制執行の対象物がなければ取立不能であって、かかる債権は貸倒れとしてと考えるのは行過ぎである。

山本・門間の昭和四七年三月当時の生活状態からして、同月一三日に金二七〇万円を支払ったとすること自体が不自然な事実の認定と評さなければならない。

第二点 原判決は、被告人が昭和四七年三月一四日山本安彦より三、五〇〇万円の代物弁済として取得し、これに二〇〇万円の架橋工事代をかけた大浜の土地について、斎藤忠亮によって右土地を横領されたか、或いは、同人に同土地を売却して代金の一部が回収不能になったかして、七〇〇万円の損金が発生したとの主張に対して、いずれの場合でも七〇〇万円の損金の発生はないとして、一審判決どおりの事実の認定をなした。

しかし、これは事実誤認である。

<1> 被告人は、大浜の土地を三、五〇〇万円の貸金の代物弁済として取得し、同土地の架橋工事代として金二〇〇万円を支出している。

右土地は、本来、被告人の所有として登記しておくべきところ、転売の便宜を考え、斎藤忠亮の名義にし、被告人と斎藤との間で右土地が四、一〇〇万円で売買したような契約書を作成しておいた。

その後、斉藤は右土地を昭和四七年一〇月に有限会社第一物産に五、〇〇〇万円で売却し、この売得金を消費してしまったものである。そこで被告人は右土地に設定してあった三、〇〇〇万円の根抵当権で右土地を競売して、三、〇〇〇万円のみを回収したにすぎないのである。

斎藤には、全く、資産・収入がなく、右七〇〇万円の損害の回収ができていないことは明らかである。

<2> 被告人が、右土地を便宜斎藤名義に土地を登記したか、或いは、同人に四、一〇〇万円で売却したか、いずれかであるが、いずれにしても七〇〇万円は回収不能となっている。

これは、斎藤の横領による損金か、代金回収不能による損金かのいずれかに外ならない。

<3> 原判決は、右損金を認めなかったもので事実の誤認である。

六、門間賢司関係について

原判決は、被告人が昭和四六年一一月二七日門間より金八〇〇万円の利息支払を受けたと認定した一審判決は正当であるとして、右利息支払を認めたものである。

しかし、右事実認定は誤りである。

門間は、昭和五二年一〇月二一日付の証人尋問において、被告人の商会で五菱興業に富野の土地を二、〇〇〇万円で売却して、その代金を五菱興業で金一、二〇〇万円、東京の被告人の自宅で金八〇〇万円を受取ったと供述している。

原判決は、右門間の供述に反して、東京で被告人が支払ったとされている金八〇〇万円は支払がなく、これは被告人が手形割引の利息として取得したものと認定したもので、事実を誤認したものである。

七、山口泰治関係について

原判決は、被告人が昭和四八年三月三〇日に金三、六〇〇万円を山口に貸付け、この利息として、同人から同月三〇日ころと同年九月二九日ころの二回に亘って各三六〇万円の利息の支払を受けたと認定した一審判決は正当であるとして、右支払による被告人の所得を認定した。

しかし、山口泰治の一審判廷の証言でも明らかなとおり、同人の利息支払は小川公吉に対して行われたもので、同人より被告人に右金員の支払はされていない。

原判決は、右事実を看過して事実を誤認したものである。

八、目黒忠関係について

原判決・一審判決ともに、被告人が目黒個人に昭和四八年六月一六日金二、〇〇〇万円を貸付け、同人は同年七月より一二月迄の間に利息として金三九〇万円を支払ったと認定したが、これは事実誤である。

<1> 右貸付けは、金銭借用証書、金銭消費貸借公正証書(弁第一三号証一・二)によっても明らかなとおり借主は株式会社メグロである。

<2> 被告人の手許には株式会社メグロ振出の支払期日を昭和四八年一〇月一六日とする約束手形二通が保管されていて、これは元金及び一ケ月分の利息に相当する手形である。

右各手形が被告人の手許に保管されていることは昭和四八年一〇月以降の株式会社メグロからの利息支払がなかったことの証拠である。

第二 原判決の量刑は甚しく不当であって原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。

一、被告人は、

昭和四六年度課税所得 金二二三、七一六、七三六円

同四七年度課税所得 金 九三、〇五一、五〇三円

同四八年度課税所得 金 六四、四二一、一〇二円

と原判決で認定されている。

右所得は、一審判決からみれば相当減額になっているが、本上告趣意書で主張しているとおり、なお、その所得認定は過大である。

特に横田忠次・五菱興業からの利息収入は明らかに事実誤認で全く承服できないものである。

二、原判決認定の桜井に対する貸付金銭元本三、一二〇万円、株式会社丸越に対する未収利息・元金一三、〇二四、六五六円、斎藤忠亮による土地代損金七〇〇万円、株式会社国殖に対する貸付金一、〇〇〇万円等の合計金六一、二二四、六五六円は貸倒等の主張が認められないとしても、実質的には取立不能で現在迄回収をしていないばかりか、将来もその回収の見込みはない。

このために、実質的に原審認定のような所得はないのである。

三、被告人は、国税当局より所得税の更正決定を受けその資産はそのために差押を受けていて、現在迄先祖伝来の土地を売却して、すでに三億四、二〇〇万円余の納税をし、今後最終的に所得税が確定すれば、その資産を処分して納税をする予定である。

四、被告人は、本件以後は貸金業を廃止し、本件が新聞で報道されたゝめに、自宅に帰ることもできず、現在石巻のホテルで病気の身を療養中である。

被告人は、六〇才の老境にさしかゝり、今後、本件の如き犯罪を再度重ねることもないと思われる。

五、以上の各情状を斟酌する場合、原判決の実刑判決は甚しく量刑が重く、これを破棄しなければ著しく正義に反すると思料されるので、原判決の取消を求める次第である。

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